金子 和夫
順天堂大学 名誉教授、フランス整形災害外科学会名誉会員、日仏整形外科学会会長
公益財団法人日本股関節研究振興財団 股関節海外研修助成選考委員
1985年から3年間、フランスのパリで主に股関節外科と手外科の研修をした。第二次世界大戦前よりフランス政府給費留学制度が設立されており、幸いにも18か月の間恩恵を受けた。
年間2000件の手術を、流れ作業のごとく行っていた事を昨日のように思い出す。フランス整形外科の多くのユニークな方法は、Gilles BOUSQUETによるdouble mobile 人工股関節手術や、Paul GRAMMONTによるreverse shoulder人工肩関節や、骨折治療のMASQUELET法、と枚挙にいとまがない。私はその頃、彼らが手術の技術や速さのみを求めていると思っていた。
ある日、カンファレンスで手術適応について聞かれ、「レントゲン写真からは手術と判断する」と答えると、『On n’opère pas la radio, on opère l’homme. (レントゲンを手術するのではなく、その人そのものに手を加えるのだ)』と言われた。
最近は、レントゲン、CT、MRI、EOSなど多くの補助的診断が進む中、患者を直接十分に診て、触診し、徒手検査を駆使し診断する、という手順がないがしろにされてはいないか。
35年前の教えを今更ながら思い出しつつ、外来診療にあたっている。Journal of Orthopaedic Scienceのeditorial(JOS 21:2016, 255-257)の拙著『… Ambroise Paré, physician in ordinary to the Kings of France』で、「近代外科学の父」と呼ばれるAmbroise Paréについて述べた。Paréは床屋外科から、アンリ2世をはじめ4名の国王の主治医となった叩き上げの外科医であるが、彼の有名な言葉 “Je le pansai, Dieu le guerit”(私は包帯をするだけ、治すのは神だ)は、これも私の戒めの一つである。