第116回 Hip Joint コラム

「日常生活動作による股関節への力学的負荷」
内藤 正俊
医療法人社団 高邦会 福岡中央病院 病院長
 日常生活では、股関節機能が様々な動作に不可欠です。この動作による股関節への負荷(力学的負荷)について様々な研究が行われてきています。嚆矢となったのは股関節へ掛かる負荷(合力)を梃の原理で解析したFriedrich Pauwels(1885~1980)の理論です。図1は右片足立ちの時の説明図で、右股関節の中心oが梃の支点です。右下肢だけで立つために働く外転筋力Mの力点はcです。右脚の重さを除いたKが掛かっている作用点bは体の中心より少し左側に偏り、coとboの比はほぼ1対3です。そこで梃の原理によりM×1= K×3となり、支点である右股関節に掛かる合力は、外転筋力M(3K)とKの合計4Kです。片脚の重さは体重のほぼ1/6で、体重をWとするとK=5/6Wとなります。右股関節には4K,すなわち20/6W、体重の3倍以上の力学的負荷が掛かっていることになります。この図より、右手に杖を使用し、体を右側に傾けるとMの減少とboの短縮により右股関節への負荷が激減することも解ります。

 実際に生体で股関節に掛かる負荷(接触応力)を最初に測定したのは、Nils W. Rydellです(1966)。彼は、大腿骨頸部骨折を受傷した51歳の男性と56歳の女性の2症例にひずみゲージを組み込んだ人工骨頭置換術を行い(図2)、術後に片足立ちでは体重の2.3~2.9倍、歩行時には体重の1.6~3.3倍の負荷が股関節へ掛かることを証明しています。この方法ではデータを記録するための体外への導線が必要でした。1990年代になるとGeorg Bergmannらが無線ひずみゲージを組み込んだ人工骨頭置換術を行い、術後に様々な日常生活動作による股関節への負荷が体重の何倍になるかを計測しています(1993~2004)。即ち、椅子から立ち上がる時に1.8~2.2倍、座る時に1.5~2.0倍、ゆっくりした歩行では1.6~4.1倍、通常歩行(4km/h)では2.1~3.3倍、速歩では1.8~4.3倍、ジョギングでは4.3~5.0倍、階段を昇る時に1.5~5.5倍、階段と降りる時に1.6~5.1倍であり、最も負荷が大きかったのは躓いた時(stumbling)で7.2~8.7倍でした。躓いた時に股関節に激痛が起こって倒れ、大腿骨頸部骨折で運ばれてきた患者を経験していますが、その発生メカニズムを説明できるデータだと思います。

図の説明


Biomechanics of the Normal and Diseased Hip. Theoretical Foundation, Technique and Results of Treatment Atlas. Springer-Verlag, 1976より改変
図1
Biomechanics of the Normal and Diseased Hip. Theoretical Foundation, Technique and Results of Treatment Atlas. Springer-Verlag, 1976より改変

Rydell NW. Forces acting on the femoral head-prosthesis. A study on strain gauge supplied prostheses in living persons. Acta Orthop Scand 1966; 37(Suppl 88):1-132のp48より引用.
図2
Rydell NW. Forces acting on the femoral head-prosthesis. A study on strain gauge supplied prostheses in living persons. Acta Orthop Scand 1966; 37(Suppl 88):1-132のp48より引用.

Hip Joint コラム履歴

第116回 「日常生活動作による股関節への力学的負荷」

第115回 「人工股関節の養生法」

第114回 「関節手術の患者になって実感したリハビリの重要性」

第113回 「股関節周囲筋の術前筋組成は人工股関節置換術後の歩行機能回復と関連している」

第112回 「フレイルをご存じですか?」

第111回 人工股関節置換術、前・後の生活の質(QOL: Quality of Life) について

第110回 「それ手術ですか?」

第109回 「お笑い芸人の変形性股関節症の話題:その後」

第108回 「人生100年時代を生きる! 運動器とロコモ予防の大切さ」

第107回 「ロボットとAIが変える股関節治療の未来」

第106回 「日本とフランスにおける股関節外科の交流」

第105回 「はて、体操とは?」

第104回 「使って残そう運動神経」

第103回 健康日本21(第3次)における運動器対策:
「ロコモテイブシンドロームの減少」と「骨粗鬆症検診率の向上」

第102回 「股関節周囲筋の加齢変化と、根拠に基づいた運動療法」

第101回 「原因の分からない股関節痛、急速破壊型股関節症の始まりかもしれません」

第100回 「新・繁文縟礼(はんぶんじょくれい)時代」

第99回 「当財団の股関節海外研修助成について」

第98回 「いつの日か花開く研究」

第97回 「人工股関節置換術に想う」

第96回 「変形性股関節症の保存療法」

第95回 「大腿骨近位部骨折のリスクを下げるために出来ること」

第94回 「手外科医として,整形外科研究者として股関節外科から学ぶ」

第93回 「人工股関節置換術の進歩と課題:第96回日本整形外科学会学術総会から」

第92回 「股関節を丈夫にして健康寿命を延ばしましょう!」

第91回 「骨粗鬆症患者の骨折の危険性について」

第90回 「手外科医からみた股関節外科」

第89回 「エコー診断・治療のすすめ」

第88回 「人工関節材料の開発における日本の貢献」

第87回 「赤ちゃんの股関節大丈夫ですか?」

第86回 「人工股関節 『脱臼には注意しましょう。』」

第85回 「ロボットリハビリテーション 股関節疾患への応用」

第84回 「お笑い番組での人工股関節の話題」

第83回 「人工股関節の寿命を長期化する取り組み」

第82回 「人工関節インプラントの国産化の必要性」

第81回 「手術はレントゲン写真ではなくその人を!」

第80回 「骨粗鬆症治療中に注意が必要な骨折−大腿骨非定型骨折−」

第79回 「非対面型コミュニケーションの課題」

第78回 「我が国に寛骨臼形成不全が多いのは、何故?」

第77回 「超高齢社会における股関節疾患の未来」

第76回 「コロナ禍の整形外科」

第75回 「2022年新年の思い」

第74回 「人はなぜやせられないのか?」

第73回 「脆弱性骨盤骨骨折に思う」

第72回 「骨粗鬆症による大腿骨近位部骨折の予防と治療」

第71回 股関節疾患に関する基礎研究

第70回 「日本人工関節登録制度をご存知ですか?」

第69回 子どもや孫が「家族歴」が理由で
股関節健診にひっかかった!!時に読む記事

第68回 「姿勢と呼吸」

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第66回 人工股関節全置換術術後でも足の爪が
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第63回 股関節と尿失禁(尿漏れ)の意外な関係

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第61回 大腿骨近位部骨折と骨折リエゾンサービス

第60回 私の股関節と剣道 第2報 2週間の入院経験

第59回 コロナパンデミックとスペイン風邪

第58回 「ヒップの摩耗の問題:本当にあった話です」

第57回 赤ちゃんの股関節を守るため、生まれてすぐからの予防を!

第56回 コロナ、ステイホームで思うこと

第55回 高齢者の骨粗鬆症と大腿骨頸部骨折

第54回 変形性股関節症に対する温泉療法について

第53回 国内におけるカダバートレーニングの現状

第52回 2020年(令和2年)新春明けましておめでとうございます。

第51回 「ヒップペイン」

第50回 人工股関節の術後合併症

第49回 『きょうよう』・『きょういく』と股関節

第48回 股関節の痛みとロコモティブシンドローム

第47回 股関節の神秘

第46回 生き方が役に出る

第45回 変形性股関節症に対する骨切り術とテクノロジー

第44回 変形性股関節症「寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因する

第43回 3Dプリンターの医療機器への応用

第42回 中間管理職から見た股関節手術を取り巻く教育の現状

第41回 Wolffの法則

第40回 医者と弁護士

第39回 骨の銀行があることを知っていますか?

第38回 悠々閑々外来の妙

第37回 股関節手術でAIは整形外科医を超えられるか?

第36回 ステロイド治療に伴う大腿骨頭壊死の発生予防を目指して

第35回 股関節手術と今後の健康維持

第34回 財団30周年に寄せて

第33回 大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)は早く治療を!

第32回 腰痛は人間の宿命です-腰椎・骨盤・股関節の連携-

第31回 股関節の手術と健康寿命

第30回 弘法は筆を選ばず?

第29回 大腿骨近位部骨折が増加しています-50歳を超えたら骨折予防-

第28回 呼吸を整え体を動かそう

第27回 人工関節の寿命は予測できるの?

第26回 人工関節手術後の早期社会復帰と保険医療制度の疲弊

第25回 赤ちゃんの股関節脱臼に思う

第24回 新しい高齢者像を求めて、メディカルフィットネス 医学体操の活動

第23回 指定難病の特発性大腿骨頭壊死症をご存知ですか?

第22回 人工関節置換術の適齢期は?

第21回 あなたはサルコペニアですか?

第20回 赤ちゃんの股関節脱臼に注意しましょう

第19回 股関節手術の思い

第18回 いつまでも健やかに

第17回 「セメントレス人工股関節」

第16回 「骨切り術も再生医療です!!」

第15回 「骨粗鬆症の激増と過激な減量、ビタミン・ミネラル不足」

第14回 「大腿骨頭はどうして球形なの?」

第13回 「人生いろいろ、手術もいろいろ」

第12回 「股関節疾患の過去、現在、未来」

第11回 「国産医療機器メーカーとして」

第10回 「「股関節」という言葉で思いついたつれづれなること」

第9回 「股関節のインプラント治療」

第8回 「患者会としての30年」

第7回 「私の股関節と剣道」

第6回 「股関節唇損傷自己体験記」

第5回 「人工股関節全置換術より高い満足度を求めて」

第4回 「人工股関節置換術と関節温存手術」

第3回 「乳児股関節脱臼―歴史は繰り返す―」

第2回 「股関節疾患今昔」

第1回 「肝心要は股関節から」


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