第14回 Hip Joint コラム

「大腿骨頭はどうして球形なの?」
樋口 富士男
柳川リハビリテーション病院

病院長
 1981年~1982年、西ドイツのボンに留学した当時、キリスト教の影響が強いドイツの日曜日は安息日で、商店も閉まり町は静かだったが、博物館だけが解放され無料でゆっくり見学出来た。ボンの博物館には、マンモスなど様々な古生四足動物の骨格標本が多数展示されていた。私はちょうど股関節に関する学位論文を書き上げたところだったので、股関節に興味があった。よく見ると古生物の大腿骨頭は楕円形でしかも大転子高位であった。大転子高位は、人間の場合小児期のペルテス病か股関節脱臼の治療後の名残の変形である。一部の物に見られるなら理解できたが、そこに展示されていたほとんどの古生物がこの形態をしていたのが不思議だった。

 日本に帰り、股関節症患者を毎日のように診察した。当時は骨切り術や臼蓋形成術が主な治療法だったので、術前も術後も股関節の動き屈曲、伸展、外転、内転、外旋、内旋の可動域を測定した。沢山の関節症の患者の計測をすると、股関節症の初期では内旋が最初に制限されるが、屈曲は最後まで保たれることに気が付いた。内旋が制限されると、日常生活では靴下の着脱や足趾の爪切が困難になるが、屈曲が残っているので歩行は可能である。変形性股関節症はその名の通り変形が起こるのですべての動き制限されると思っていたが、最初は内旋という一つの動きが制限され、最後まで屈曲が温存されるという事実も不思議だった

 20年以上経過し、久留米医学会で耳鼻科の伊藤教授の教授就任の講演があった。めまいの話だったが、講演の中で四足動物では前足は自由に動くが、後ろ足は前後にしか動かないと話された。後輪駆動の乗用車と同じなのだと思った。前輪はハンドルの動きに従って動くが後輪は前を向いたままである。四足動物では、前足は体の方向をコントロールするが、後足は力を存分に出す役目を担っているのである。このことが深く残った。

 更に10数年が経過し、運動器の進化の講義の準備をしている時、驚いたことに三つの事実が結びついた。人間の大腿骨頭が球形だと、立ったまま方向転換ができるし、全速力で走ることもできる。二本足で四本足の機能を持つ驚くべき進化であった。人間の股関節は多くの機能を持ったため負担は大きくなり、加齢とともに関節症になるのも無理はない。変形性股関節症の股関節を手術で摘出し観察すると多くは楕円形である。この変形は負担を少なくするように先祖返りをしているかのようである。

 ダーウィンをはじめ多くの生物学者は進化論を語る。臨床を見ていると、ヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」の続きに、先祖返りをするという退化論も今後の議論になりそうである。左図が正常の股関節で、右図楕円形の扁平骨頭と大転子高位を示すレントゲン像である。

左図が正常の股関節で、右図楕円形の扁平骨頭と大転子高位を示すレントゲン像である。

Hip Joint コラム履歴

第59回 コロナパンデミックとスペイン風邪

第58回 「ヒップの摩耗の問題:本当にあった話です」

第57回 赤ちゃんの股関節を守るため、生まれてすぐからの予防を!

第56回 コロナ、ステイホームで思うこと

第55回 高齢者の骨粗鬆症と大腿骨頸部骨折

第54回 変形性股関節症に対する温泉療法について

第53回 国内におけるカダバートレーニングの現状

第52回 2020年(令和2年)
新春 明けましておめでとうございます。

第51回 「ヒップペイン」

第50回 人工股関節の術後合併症

第49回 『きょうよう』・『きょういく』と股関節

第48回 股関節の痛みとロコモティブシンドローム

第47回 股関節の神秘

第46回 生き方が役に出る

第45回 変形性股関節症に対する骨切り術とテクノロジー

第44回 変形性股関節症「寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因する

第43回 3Dプリンターの医療機器への応用

第42回 中間管理職から見た股関節手術を取り巻く教育の現状

第41回 Wolffの法則

第40回 医者と弁護士

第39回 骨の銀行があることを知っていますか?

第38回 悠々閑々外来の妙

第37回 股関節手術でAIは整形外科医を超えられるか?

第36回 テロイド治療に伴う大腿骨頭壊死の発生予防を目指して

第35回 股関節手術と今後の健康維持

第34回 財団30周年に寄せて

第33回 大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)は早く治療を!

第32回 腰痛は人間の宿命です-腰椎・骨盤・股関節の連携-

第31回 股関節の手術と健康寿命

第30回 弘法は筆を選ばず?

第29回 大腿骨近位部骨折が増加しています
-50歳を超えたら骨折予防-

第28回 呼吸を整え体を動かそう

第27回 人工関節の寿命は予測できるの?

第26回 人工関節手術後の早期社会復帰と保険医療制度の疲弊

第25回 赤ちゃんの股関節脱臼に思う

第24回 新しい高齢者像を求めて、
メディカルフィットネス 医学体操の活動

第23回 指定難病の特発性大腿骨頭壊死症をご存知ですか?

第22回 人工関節置換術の適齢期は?

第21回 あなたはサルコペニアですか?

第20回 赤ちゃんの股関節脱臼に注意しましょう

第19回 股関節手術の思い

第18回 いつまでも健やかに

第17回 「セメントレス人工股関節」

第16回 「骨切り術も再生医療です!!」

第15回 「骨粗鬆症の激増と過激な減量、ビタミン・ミネラル不足」

第14回 「大腿骨頭はどうして球形なの?」

第13回 「人生いろいろ、手術もいろいろ」

第12回 「股関節疾患の過去、現在、未来」

第11回 「国産医療機器メーカーとして」

第10回 「「股関節」という言葉で思いついたつれづれなること」

第9回 「股関節のインプラント治療」

第8回 「患者会としての30年」

第7回 「私の股関節と剣道」

第6回 「股関節唇損傷自己体験記」

第5回 「人工股関節全置換術より高い満足度を求めて」

第4回 「人工股関節置換術と関節温存手術」

第3回 「乳児股関節脱臼―歴史は繰り返す―」

第2回 「股関節疾患今昔」

第1回 「肝心要は股関節から」


新・股関節がよくわかる本Web版
股関節市民フォーラム
股関節疾患について
HJFJ人工股関節ステッカー
股関節の悩みQ&A
股関節の治療法
一般向け動画
Hip Joint Column
Hip Joint News
ロコモン体操
患者会紹介