第12回 Hip Joint コラム

「股関節疾患の過去、現在、未来」
帖佐 悦男
宮崎大学医学部 整形外科

教授
 股関節の手術に際してのアプローチ(進入法)の改善や新たな手術方法や人工関節が開発され、股関節疾患で悩まれている患者さんに福音をもたらしています。股関節疾患の過去、現在、未来について一緒に考えていきたいと思います。

〇過去から現在

 教科書などから振り返りますと、昔は発育性股関節形成不全(旧;臼蓋形成不全、先天性股関節脱臼)や結核性関節炎の患者さんを多く認めていました。この患者さんが治療を受けずに成人になるとやがて二次性股関節症を発症します。股関節脱臼の治療成績は、リーメンビューゲル装具の導入や乳児の股関節検診の開始により以前と比較すると良好な成果があがるようになりました。しかし、股関節脱臼が根絶されたわけではありません。股関節財団や日本股関節学会をはじめとする股関節関連の学会を中心として、新たな予防活動や治療法が開始されていますので、これからの将来に期待したいと思います。また、過去には股関節脱臼だけでなく結核性股関節炎の患者さんも多くみられたようです。坐骨神経痛を訴える患者さんの中に股関節障害(多くが結核性股関節炎)が含まれていることもままあり、その両者の鑑別として有名なパトリックテストが考案されました。本疾患の治療は、関節破壊が高度なため関節固定術(関節を固定し痛みをとる手術法)が施行されていました。除痛効果は優れていましたが、「動く」という関節機能が損なわれるため、固定術後長期経過では反対側の股関節や腰や膝など隣接関節に悪影響を及ぼすことが課題となっていました。その後、抗結核剤が開発されたことにより結核性関節炎のみでなく肺結核も著減しました。しかし、ここ最近では結核患者数が緩やかですが増加傾向にありますので注意が必要です。

 私が医師になった昭和50年代後半の宮崎の大学病院では、変形性股関節症、関節リウマチ、大腿骨近位部骨折などの外傷や大腿骨頭壊死症を数多く治療していました。小児疾患においては、発育性股関節形成不全、ペルテス病、大腿骨頭すべり症などがあげられます。また当院で人工関節置換術を実施する際は、感染防止のため病棟の個室そのものを消毒し、患者さんも清拭後滅菌シーツで覆った上で手術室のクリーンルームに入室、手術を行い、手術終了後も同様のことを繰り返していました。手術室内には直接手術に関わる者しか入室できないため、部屋に設置された窓から学生や研修医が手術を見学していたのを思い出します。

 手術療法では、関節温存手術である骨切り術(大腿骨、寛骨臼)は、自分の関節で再建できることが最大の利点です。軟骨が残存し股関節症が進行していない前・初期の股関節症の時期に骨切り術を実施しますと、長期にわたり良好な成績が報告されています。しかし、患者さんが痛みを感じた時には関節症が進行していることが多く、自分の関節のみで治療する骨切り術では、長期にわたる関節機能(痛みなく動く)の温存には限界がありました。こうした中人工股関節が開発されたことでこれまで関節温存が困難とされてきた多くの患者に新たな選択肢がもたらされました。脱臼や摩耗により早期再置換を余儀なくされる症例もありますが、手術法やインプラントの改良・開発によりかなり改善してきています。関節症が進行していても年齢を考慮して以前は骨切り術などを選択していた症例に対しても、最近では人工股関節置換術を実施するケースが増え、特に青壮年の社会活動量の多い患者さんにとっては、痛みの軽減さらには関節機能の回復といった多くの福音がもたらされるようになってきました。

〇未来

 発症予防には乳幼児期の検診が必須であり、関節温存手術に関しても早期発見・早期治療が重要です。女性、家族に既往歴のある方、長距離歩行後に大腿部の違和感を認める方など特にリスクの高い方に対しては、早期発見・予防につなげるためX線検査による検診システムの構築が必要と考えています。股関節形成不全などに関与する遺伝子も見つかってきていますので、将来その応用により早期診断・治療にまでつながるのではないでしょうか。また、寛骨臼骨切り術の低侵襲化、インプラントの開発や改善に伴い、長期に渡り安定した成績が獲得できる人工関節が登場し、壮年期で股関節症が進行し他の関節温存手術の適応がない患者さんにも用いられるようになると考えられます。

〇股関節の恩師

 股関節疾患を診療するにあたり、日本整形外科学会、日本股関節学会や日本股関節財団を中心に多くの股関節専門の先生方からご指導頂きました。特に、宮崎大学講師長鶴義隆先生、ベルン大学教授Ganz先生と慈恵医科大学名誉教授伊丹康人先生にご教示頂きました。また、多くの患者さんから様々なことを学ばせて頂きました。この場を借りまして心より御礼申し上げます。

〇最後に

 股関節財団の今後ますますの発展と股関節疾患の患者さん方が痛みなく過ごされますことを祈念し筆を置きます。

Hip Joint コラム履歴

第61回 大腿骨近位部骨折と骨折リエゾンサービス

第60回 私の股関節と剣道 第2報 2週間の入院経験

第59回 コロナパンデミックとスペイン風邪

第58回 「ヒップの摩耗の問題:本当にあった話です」

第57回 赤ちゃんの股関節を守るため、生まれてすぐからの予防を!

第56回 コロナ、ステイホームで思うこと

第55回 高齢者の骨粗鬆症と大腿骨頸部骨折

第54回 変形性股関節症に対する温泉療法について

第53回 国内におけるカダバートレーニングの現状

第52回 2020年(令和2年)
新春 明けましておめでとうございます。

第51回 「ヒップペイン」

第50回 人工股関節の術後合併症

第49回 『きょうよう』・『きょういく』と股関節

第48回 股関節の痛みとロコモティブシンドローム

第47回 股関節の神秘

第46回 生き方が役に出る

第45回 変形性股関節症に対する骨切り術とテクノロジー

第44回 変形性股関節症「寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因する

第43回 3Dプリンターの医療機器への応用

第42回 中間管理職から見た股関節手術を取り巻く教育の現状

第41回 Wolffの法則

第40回 医者と弁護士

第39回 骨の銀行があることを知っていますか?

第38回 悠々閑々外来の妙

第37回 股関節手術でAIは整形外科医を超えられるか?

第36回 テロイド治療に伴う大腿骨頭壊死の発生予防を目指して

第35回 股関節手術と今後の健康維持

第34回 財団30周年に寄せて

第33回 大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)は早く治療を!

第32回 腰痛は人間の宿命です-腰椎・骨盤・股関節の連携-

第31回 股関節の手術と健康寿命

第30回 弘法は筆を選ばず?

第29回 大腿骨近位部骨折が増加しています
-50歳を超えたら骨折予防-

第28回 呼吸を整え体を動かそう

第27回 人工関節の寿命は予測できるの?

第26回 人工関節手術後の早期社会復帰と保険医療制度の疲弊

第25回 赤ちゃんの股関節脱臼に思う

第24回 新しい高齢者像を求めて、
メディカルフィットネス 医学体操の活動

第23回 指定難病の特発性大腿骨頭壊死症をご存知ですか?

第22回 人工関節置換術の適齢期は?

第21回 あなたはサルコペニアですか?

第20回 赤ちゃんの股関節脱臼に注意しましょう

第19回 股関節手術の思い

第18回 いつまでも健やかに

第17回 「セメントレス人工股関節」

第16回 「骨切り術も再生医療です!!」

第15回 「骨粗鬆症の激増と過激な減量、ビタミン・ミネラル不足」

第14回 「大腿骨頭はどうして球形なの?」

第13回 「人生いろいろ、手術もいろいろ」

第12回 「股関節疾患の過去、現在、未来」

第11回 「国産医療機器メーカーとして」

第10回 「「股関節」という言葉で思いついたつれづれなること」

第9回 「股関節のインプラント治療」

第8回 「患者会としての30年」

第7回 「私の股関節と剣道」

第6回 「股関節唇損傷自己体験記」

第5回 「人工股関節全置換術より高い満足度を求めて」

第4回 「人工股関節置換術と関節温存手術」

第3回 「乳児股関節脱臼―歴史は繰り返す―」

第2回 「股関節疾患今昔」

第1回 「肝心要は股関節から」


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